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Deepthink for tomorrow.

迷ってる、悩んでいる人へQronosの「机上の空論」 

私が私である 貴方が貴方である事

初めまして。Qronos(クロノス)と申します。

分かりづらいボケをする事で有名です。

なるべくボケずにブログを書いていこうと思いますが・・・('ω')

 

本日は2月3日の節分ですね!今年は豆は撒きません!鬼がいたら諭して帰らせます。恵方巻は買ってこようかなぁ。すっごい好きなんですよ恵方巻。販売が一年に一回なのはオカシイ・・・

今年は東京で一人淋しく「ひぐらしのなく頃に」を鑑賞しつつ年を越した私でして、今日の節分は何を鑑賞しながら過ごそうかなあと思っていたところです。(ひぐらしについてはまた今度書きます。)

最近はですね「地球防衛軍」というゲームがあることを知って、今はその実況動画を見ることが楽しみになっています('ω')

弟者さんと兄者さんの実況動画ですね

せっかくなのでリンクを。↓

 

見て貰えれば分かりますが、敵の数が尋常じゃない!(笑)

そういうブッ飛んだ部分だけでも面白いですが、この実況者さんのいい声とか会話でも飽きずに楽しめます!ていうか再生数と高評価が異常に多い・・・!すごい人気ですね

 

www.youtube.com

 

今日もご飯を食べつつ見ていました(笑)

私が異常なのかこういう動画見てても普通にご飯食べられるんですよね

最近はもう何見ても大丈夫です(うわ~・・・とは思いますが。)

別に気持ち悪いのとか見ながらご飯食べるのが趣味ではないので誤解しないよう。

 

えーさて

早速本日の本題です。色々書いてますが、言いたいことは単純な内容になっていますので、ゆっくり読んでください。

予め断っておきますが、これは私が特に大学で何かを専攻したとかそういうことではなく、今日一人で考えた事ですので、あくまで私個人と話している感覚で読んでください。

 

思考実験

 

私は今日ある思考実験について色々考えていました。

パーフィットの脳分離」というものですね。

 

これを提唱したのはデレク・パーフィットという心理学・哲学者の方なんですけれども、どうも私が「ひぐらし」を鑑賞していたころに亡くなってしまったようで・・・(´・ω・`) つい最近まで活躍していらっしゃった方です。

 

サイトで知った情報をそのまま載せますと

『たとえば、完全な脳移植が実現したとしよう。そこで、あなたの脳を取り出して、2つに切り分け、それぞれをクローンの体に移植した。2人のクローンが目覚めると、あなたの記憶を思い出し、あなたであるかのように考え、感じるようになった。どちらもあなたであると主張している。今やあなたは2人いるのだろうか? それとも、あなたを半分にしたことであなたは破壊されたのだろうか?

 

 

難しい・・・

プチ情報ですが、脳って若いころであれば半分摘出してしまっても残った半分ががその役割を補って働くっていう事があるらしいですね・・・

 

私は今日、これをきっかけにして自分なりの思考実験を作ってみました。

 

題して

 

「誰なのか分からない男」(センスがな。)

 
マイケルは双子の弟デイヴィッドと手ぶらで街を歩いていた。
2人は一卵性双生児
不運にも2人はその日交通事故に遭ってしまう。
マイケルは頭部を強打し、それ以前の記憶を失ってしまった。また目が見えなくなるなど顔面に大けがをしてしまった。幸い耳は聴こえるが、声が出せず今は包帯でグルグル巻き状態である。
デイヴィッドは残念ながら搬送先の病院で死亡。こちらも顔面に大けがをしていた。見た目で二人を判別する方法は、右頬にほくろが在るか無いかくらいだったのだが、どちらも顔を負傷していたため、見ただけでは誰なのか判別が付かなかった
2人は全く同じ服を着ていて身分証なども携帯していなかった。
 
2人にはそれぞれ妻がいた
マイケルの妻の名前はアンナ。
デイヴィッドの妻はリサ。
どちらにも子供はいない。両親は既に他界している。
 
妻でもどちらがマイケルなのかデイヴィッドなのか分からない状態になっていた。
iPhoneなど手持ちの生体認証が出来る機械をもともと持っていなかったので、指紋などでどちらかを判断することができない。
アンナとリサは困惑した。どちらかの夫が死んでしまい、どちらかの夫が生きている二人は様々その男がどちらなのか判別する方法を考えたが、何も思いつかない。
一卵性双生児ではDNAでの識別ができないという。(Wikipediaより)
彼らはどうすれば良いのだろうか....?

 

はい。

 

ここでは、「この話面白いですか?」とか「どうすれば2人を判別できますか?」という質問をしたいのではなく、

「マイケルかデイヴィッドか分からないけれど確実にどちらかではある男とその妻」について考えています。それだけわかっていただきたい。

 

 

「何が私にとっての私なのか、何が貴方にとっての私なのか」

 

マイケル自身、自分がマイケルである証拠を人に示せないばかりか、自分がマイケルである事すら覚えていない。

2人の妻は自分たちの夫が交通事故に遭遇して病院に運ばれた事は分かっているが、この包帯を巻かれた男がどちらの夫なのか分からない。

 

人は何を以て自分が自分である、貴方は貴方であると思っているのか?という事ですね。これはアイデンティティの問題です。

 

私が私であるという証拠はどこにあるのでしょうか?

マイケルは、事故前にはあったはずの「自分はマイケル」という記憶が無いです。

しかし耳が聞こえる。痛い、痒いなどの感覚がある。

要するに「何かしらの器官が神経を介して繋がって反応している」のが、他の誰でもない『自分』なんだ」という意味で、

マイケルは「私」を感じることが出来る状態になってます。

そういう意味ではアイデンティティー(「私は他の何者でもない私」)の認識はあるかも知れない。

 

ただ、今回の問題は自分自身が誰なのかが全く分からなくなってしまい、頼みの妻さえも私が誰なのかを知らない。というかこの声の女が妻なのかも怪しい。保険金目当ての悪い人間かも知れない。というか妻がいるのかも分からない・・・という所。

逆に妻にしてみれば「自分の夫は死んだし、生きている」という謎の状態。

 

さてここで唐突に質問ですが

貴方は自分が何を以て自分だと思っていますか?

貴方は私が何を以て私だと思っていますか?

 

少し、意地の悪い質問の様な気がします・・・。

しかし、「何が私を私足らしめているのか」という事を知る事は生きるうえで重要です。

少なくとも人間である以上は。

(ここで言う「知る」という事は誰かに教えて貰って「へぇ~そうなんだ」と思う事では無いです。)

 

 

何が私を私にしているのだろう

私が今日一生懸命考えた意見ですが・・・

 

「私が私である」という感覚は、器官自分の脳繋がって反応している事で感じられる

脳が何とも繋がらずに単体で存在した場合や、器官など体の一部分がそれ単体で存在した場合は、

繋がってる!という感覚を生み出すことが出来ない為、私が私だと感じることは出来ない。

逆に脳に繋がっていて、なおかつ感覚を生み出す器官(神経が通っていて器官として使えれば)であれば、それが機械のようなものであっても人間らしくは無いが「私(の一部)」と言うことが出来る

ただし、例えば落ちた髪の毛や切られた手足などを見て「これは私の一部だった」と思う事のように、

既に脳(神経)から切り離されたものに関しては「"それが私に繋がっていた"という記憶」を「この脚は私の一部だった」などと判断する瞬間に保持している必要がある

 

「私が私である」という証拠は、私以外の人間が存在するから必要になる。

他人が存在しなければ、私にとって感覚こそが証拠だからで、それをわざわざ他人に提示する必要が無いからである。

脳が何かを感じる事が出来るのなら、その事実が私にとっての証拠である。

 

「貴方が貴方である」という感覚は、主に容姿・声・癖などが自分の記憶の中にある貴方に関する情報と合致、もしくはかなり近いときに感じられる。

相手が同じ人間であるから、貰って記憶できる情報量が多いだけで(喋り方の癖とか考え方とか好みとか・・・)

「何かを判別する」という意味では、自分で飼っている犬を他の犬と判別出来たり、四国とオーストラリアを判別出来るのとほぼ同じ。

 

「貴方が貴方である」という証拠は、既に持っている記憶与えられる情報の正確性だけである。

貰った情報が、貴方に関しての記憶と合致していないとか、近似している情報が少なければ少ないほど貴方としての証拠がなくなっていく。判別が出来なくなる。

この記憶と情報の組み合わせは「証拠」と呼ぶにはかなり曖昧である。

記憶は時に都合よく書き換えられるし、情報も簡単に操作できる。

例えば夫が死んだ後、腕を必要としている人に移植した場合、妻はその移植手術を受けた人の腕を「夫(の一部)だ」と思うだろう。

ただ、妻が夫の腕に関して何か形状や特徴を記憶していない限り簡単に騙すことが出来る。(騙す意味は無いのだがw)

 

故に「私が私である」証拠は

まず「私」を感じている存在(脳)が確かにある事。

そしてその私」が他人に示すことができる情報他者の持っている私に関する記憶の正確性に依存しているという事になる。

「私が私である」という社会的な証拠(=貴方は貴方であるという証拠)は、かなり曖昧なものであり、

その記憶を保持する人数などの「情報量」とその一致度合(精度)によって、曖昧な部分を補完しているに過ぎない。

 

 

マナーとアイデンティティー 

◎今の時代は、私が思うに、かなり自我が崩壊しやすいし、疲れやすい時代です。

今の私のように本名ではなく、自分にQronosという名前を付けて活動することができる。(でも私は相変わらず私です。)

Twitterのアカウントを複数作って「私」を複製できる。

簡単に切り替えられる。

IDを貰うことで匿名になり自分を偽れる。

学校や職場で当たり障りのない人間のように振舞っていてもこういう場ではどんな発言でも出来る。(どの自分が本当の自分なんでしょう・・・?)

インターネットやSNSで繋がることが主流になった今時代。

パスワードやコンピューターのメモリーに頼った「私が私である」証拠。それってなんて希薄で脆いんでしょう。

パスワードが知られたり、メモリーが吹き飛べば、私たちのインターネットに残した証拠が丸々消えたり操作されてしまう。普通に怖いことです。

 

でもどんな状況の私も私で間違いないんです

残念ながら自分を偽ろうとも、複製しようとも、その“新しく作ったと思った自分”がそのまま自分である

なので匿名だから何をしてもいいと思って調子に乗っている人間はいつか痛い目を見るように世の中は出来てます。

というか今まさに痛い目を見ているかもしれません。

でもそれは自業自得

 

例えば、インターネットではお喋りで好き放題話しているつもりが、現実になるとコミュ障が止まらない、なんて人が今ものすごく増えているようですが、それが自業自得の一例です。

 

「どの自分も丸ごと自分」ということを理解していないとこんな事になってしまうのです。

これは勇気の問題で、その人は”インターネットをしている”という条件下でしか本音を言えない。「自分はネットでなら話せるんだ」。そういう風に自分で勝手に自分自身に制限をかけてしまっているのです。

 

SNS上で突然口が悪くなる人もそう。「貴方は全て貴方」であるとも知らずに、ネットだからって誰かに不快な思いをさせる。

実生活には何の影響もないと思いきや・・・

「学校や職場でストレスを溜めたらSNSで発散すればいい」と、いつの間にか実生活とSNS上の貴方がリンクする。

そうすると勿論、貴方達の周りの書き込みには、陰口・暴言・言い争いetc…が増える。

結局元の目的の「ストレス発散」は達成されず、貴方にはフラストレーションが溜まっていく。

その後は人をブロック・リムーブ…

実生活でも貴方は嫌だと思った瞬間に他人を心の中でブロックしていきます。

心が疲れる。人に会いたくない。

 

完全に貴方は自滅しています。他の誰かのせいでは無いのです。

なのでインターネット上であろうとも常に人と関わっているのですから、マナーもルールも絶対に守るべきなのです。

それから絶対に実生活とインターネット上の自分に違いを持たせない事。

それは他の誰でもない自分の為に。

 

もちろん実生活でもルールを守るのは当然です。

貴方が貴方でいられるのはいくら曖昧であろうとも他人がいるお陰です。

ルールを守らずに認めてもらおうとするのはこの世界を生きる上で大きな間違いです。

ただ、私は間違うことが悪いとは思いません。それが何かをきっかけにして気付く事が出来れば間違えた意味があったもんです。

 

私も今日間違えました。ブログに集中しすぎて恵方巻も何も2月3日終わってるじゃないか・・・('ω')